自主独立の路線を確立したのは1961年の第8回大会です。依頼、ソ連や中国・毛沢東派の干渉と闘う中での独自の探求の中での確立でした。次はソ連のアフガニスタン侵略をはじめとする覇権主義との闘い、さらに発達した資本主義国の問題での交流、そして世界平和と核兵器廃絶をめぐる国際論争、北朝鮮の国際的無法と中国の天安門事件への批判など科学的社会主義に基づく闘いと発展の連続でした。唯物弁証法を駆使したからこそできたことです。さらに1989年、ソ連崩壊、91年、ベルリンの壁崩壊、東欧の体制の崩壊、を経て1999年に党は対外関係の新しい基準を決めました。イスラム諸国会議機構や訪米もです。欧州諸国とは35年にわたって不破哲三さんを団長とするユーゴスラビア訪問以来途絶えていました。一連の左翼・進歩諸党は大きな困難を乗り越えて「新しい道を探求する途上」にありますがその交流の報告が今回です。ベルリンの国際平和会議ですがなぜ「国際」と命名されているかというと、ウクライナ戦争を終わらせることを国際社会に呼びかけるという目的からです。ローザ・ルクセンブルグ財団というのも初めて知りましたが海外20カ所ほどに事務所を持っている欧州有数の進歩的シンクタンクです。すごい財団です。この会議での志位議長の「四つの提案」が強い歓迎の反応が寄せられたとのことです。よかったです。「欧州左翼党」というのも初めて知りました。22か国の25党で構成されているということでした。8党がさらにオブザーバー参加です。そのきっかけが世界原水禁大会に参加した財団の理事長に志位議長の青本・赤本の英語版を贈呈したことだったというのですからすごいです。「資本論草稿集」を労組幹部が「私も読んでいます」と応じたのには感動しました。













