「50年問題」を学ぶ機会を得ました。前衛93年3月号の「再録」です。階級闘争の必要性からさらに深めるためです。拡大中央委員会、つまり当時の第6回中央委員会選出委員、統制委員会委員も含むものでした。それで全会一致で採択されたのですから、民主主義という経過を経て決められたものほど強いものはありません。すでに民主主義だったということです。反共主義者にお伝えしたいです。50年問題についてはその原因がどこにあったかだけでなく、その時期、誰が引き起こしたのか、教訓は何かを明確にしたものです。徳田らが特定の人物を集めて開いた会議が 原因としました。分派活動による解党主義誤りとしたのです。これは科学的社会主義の党としての自己分析の精神を発揮したものです。誤りを指摘されている人々を含めて採択されたのです。普通はそうはならないものです。しかし、そこには歴史的制約もありました。中国共産党の武装闘争方針の日本への持ち込みも、北京期間の問題も触れられていません。しあも徳田派が党規約に違反して四全協なるものを開き、党の統一回復を願うものをスパイ、分派主義者として排除する決議を評価する論評は評価するとともに、分派集団である徳田派を公然と認知した間違い・干渉をしています。これを所感派、国債派の対立という俗流的見地に立つものを批判できなくなるからです。この「どっちもどっち」論を厳しく退けていることをまず認識しました。しかし「徳田派」ということばもまだ使われていないことはあいまいさが残っていることも見抜く必要があります。













